iCHi's diary~本は読みたし、はかどらず~

主に読書録。読み終えた本がこのまま砂のように忘却の彼方に忘れ去られるのが申し訳ないので、書き留める。要は忘れっぽい読者の読書日記。

嘘つきは六人じゃないかもね。六人の嘘つきな大学生

 

久々、ミステリらしいミステリだったな。

 

とはいえ結局、最後はどちらともとれる微妙な着地。

 

筆者は採用面接によほど深い恨みがあるのだろうか、人事の採用担当なんて、クソだ!と言うのが動機。

 

若者らしい動機だし、そこまでやるかって話だ。

 

人が死ぬわけではないし、当事者たちもほぼ忘れかけたいような些細な話なんだけど、現在と過去が交互に語られていて、なかなかトリッキー。

 

事件当日のことを語る人と、時間を振り返って関係者一同にインタビューして回る人が同一人物なのか?違うのかがわからないが、徐々に対象者が絞られてくる。

 

特に、現代パートのインタビューが曲者でミスリードしてくるのよ。ちょっとズルいんじゃない?と言うレベルで。

 

面白かった…裏の裏は表的なひっくり返りしがあり、なんならサービスで裏の裏の裏は裏とばかりにもう一回ひっ繰り返してきた?という感じ。

ただ、私はもっとゲンナリするような嫌ミスを思い描いていたので、最後のひっくり返りには晴れやかな気分を味わった。

 

あの行動にはそんな意味があったのね、みたいな。

 

 

いやいや、就職活動は大変だ。

 

とはいえ、採用側も適当に選んでるばかりではない…と思う。

 

でもこればっかりはご縁のものなので、選ばれなかったことは才能とか能力の問題よりも、運と、会社が求めているものとマッチしてるかどうかかなーと。

 

ミスマッチはお互い不幸だもんね。

とはいえ、不採用は心折れるのもわかる!

 

最近採用面接に立ち会ってみて、人事の人やっぱりすごいわー、勉強なるわと、感動したのだよ。

 

適当に採用しているわけではないよ!若者たちよ。

 

で、この作者この漫画の原作者であった。

 

 

 

デスノート小畑健とタッグをくんでいる。

 

娘の部屋に転がっていたので話題作なのかと。

 

ネタを考えたらピカイチだけど引っ込み思案の少年「畦道」と、面白いことは考えられないけど舞台での表現力が素晴らしい元天才子役「太陽」の二人がお笑いに青春をかけるストーリー

 

なーんか、バクマンとかの設定と限りなく近いような気がするけれども、そこはさすがの画力で面白かったですわ。

漫画家と原作者も同じ関係性だろうなー

 

それで言うと、今回の小説はピンで勝負して売れ始めるピース又吉的な感じなのだろうか。

 

うーん、どっちもがんばれ!

 

 



 

 

一難去ってまた一難、横溝正史の「雪割草」

横溝正史の「雪割草」を読んだ。

 

雪割草

久しぶりに、横溝正史のミステリ以外の作品を読んだ。

雪割草、美しい花である。

 

超ざっくりとしたあらすじは、諏訪の湖で育った美しい娘、有為子が育ての父の死を機に実父を探すために上京し、騙されて危うく売られそうになるところをたすけられて色々あって電撃婚するのだが、旦那がアーティスト気質の精神子どもだったため超絶苦労するけど、最後は良かったねで終わる話である。

 

 

出生の秘密のせいで嫁ぐ日の直前に破談になった有爲子は、長野県諏訪から単身上京する。戦時下に探偵小説を書くことを禁じられた横溝正史が新聞連載を続けた作品がよみがえる。著者唯一の大河家族小説!

 

感想としては「横溝先生サドですかな?」って。

 

「一難去ってまた一難」がループする話で、売られそうになるわ、逃げようとして車にひかれるわ、昏倒中に銀行印盗まれるわ、もう散々何である。

 

最終的には実父とその妻にも認められ「お義母様」との仲もよくなり、夫もやっと気を取り直して絵筆を持ち、坊っちゃんは可愛いし、幼なじみや義理の妹は結婚して大陸に渡る。希望しかない、的な終わり方であった。

 

その後の大陸に渡った人たちのご苦労とかは考えないのである。

 

好きなエピソードはとしては、幼なじみの「このみ」ちゃんの話。

 

実の親に売られ、置屋でも醜くて使い物にならぬといじめ抜かれたこのみ。(ここらへん100年も経たないのに子供の人権はとても向上していて良かった)

 

彼女は有爲子の母と、学校の先生の好意でなんとか学校を卒業し、お針子として手に職をつけしっかり生きていたのだが、大陸に渡った先生に「来てほしい」という手紙をもらって行く決意をするのである。

先生もこのみちゃんも、こちらにいるときには一言も愛も恋も匂わせていないのに。

ただ、先生はこのみちゃんに

「君は、麦になれ、ふまれればふまれるほど強くなる麦に」

という言葉を送って抱きしめている。じ~ん。

 

中島みゆきやん・・・

youtu.be

 

ミステリではないので、ネタもタネもトリックのない、どちらかというと昼ドラのような話だったのだが、主人公にこれでもかと襲いかかる不運に目が離せず一気読みだった。

特に戦争初期の市井の人たちの雰囲気はへーと思いながら読んた。

私たちはあの戦争の悲惨な結果というものだけ教育されて育っているので、戦争初期の希望に満ちて女性たちも闘志に燃えているイキイキとした描写に少しびっくりした。

 

しかしあらすじを見て少し腑に落ちた。「戦争中に探偵小説を書くことを禁じられた」横溝先生が書いた唯一の大河家族小説、とある。

そんなジャンルがあるかどうかは別として、ある程度検閲を意識した優等生的な描写だったのだな・・・

 

フィクションの世界までも型にはめようとする恐ろしさよ。

あらためて戦争反対、の思いを強くした。

「残月記」は2022年の1984年なのか?

本屋大賞にノミネートされていた小田雅久仁の「残月記」を読んだ。

 

近未来の日本、悪名高き独裁政治下。
世を震撼させている感染症「月昂」に冒された男の宿命と、その傍らでひっそりと生きる女との一途な愛を描ききった表題作ほか、二作収録。
「月」をモチーフに、著者の底知れぬ想像力が構築した異世界
足を踏み入れたら最後、イメージの渦に吞み込まれ、もう現実には戻れない――。
最も新刊が待たれた作家、飛躍の一作!

 

 

いやー思い切り想像と違ってびっくり。

そもそも…私がレビューなど一切読んでなかったからなのだが、時代小説だと思ってたからね。

 

蜩(ひぐらし)の記と完全に同じジャンルに入れてたわー

 

 

しかし、この表紙の落ちつき方はまさか中身が月をモチーフに据えたディストピア短編とは思わんでしょー

 

特に第一話「そして月がふりかえる」はこれで終わったか、と思う。

なんか、これから「僕の地球を守って」的なスケールのでかい物語が始まるって選択肢もあったんじゃなかろうか?

オープニングだけではしごを外されたような気分。

 

話は逸れるがこの間僕たまの続編を読んだ。

ひさしぶりにあの頃を思い出して、「あの頃はキュンキュンしてたなー」と思った。(決してキュンキュンしたのではない。生半可なことではこの毛が生えた心臓はときめかないのだ。)

 

 

第二話「月景石」は叔母の形見である月の表面のように見える石を枕の下に入れて寝ると嫌な夢を見る、という話だ。

 

主人公のすみかはきっと今の彼氏はそんなに好きではないのだろうと思ったが、あにはからん別世界でわざわざその男と巡り合う。

好きだ、という熱い気持ちというより、30歳を少し過ぎた女性のロールモデルと自分の差を埋めるために仕方なく「できる年上の男」と「同棲」をしている気がする。

そして、愛していないくせに離れていく男の気持ちを察して怯えている。

かわいそうだけど、むしろみんなそんなもんかも。

 

心から愛する毎ベターハーフが見つかる人は稀なんじゃなかろうか。

 

最後は夢の中の世界と現実の世界の比率がおきかわってしまう。

寝覚めの悪いファンタジーでイマイチ理解できないまま終わってしまった。

理不尽な暴力で命を奪われる話はわざわざ読みたくなかったなーというのか正直な感想。

 

第三話は、結構長い話で「月昴症」という病気が流行る近未来の話。

その世界は最悪な独裁者が支配しているのだが、あながちない話ではないくらいの現在の私達との地続き感がある。

 

月昴症は狼男のように、満月のときに尋常ではない力がみなぎり、新月のときのようには死んだようになってしまう感染症

発症した者は一昔前のハンセン病のように隔離され、非人道的な扱いを受けるのだが、まるでその世界はジョージ・オーウェルの「1984年」のように独裁者が支配するディストピアなのだ。

 

 

 

・・・過ぎたけどね、1984年。

 

しかし「残月記」は「1984年」のようだと言ったけれど、ディストピアの中で純愛を貫いた話なので救いようがない話ではない。

 

この話も思い出した。

こちらもドラキュラのように不死の体になる病「オキナガ」の人たちが隔離されて生きる話。「ゆうきまさみ」究極超人あ~るも好きだけど、これもおもしろいよ。

 

 

月を軸にしたちょっとブラックなファンタジー

本屋大賞ノミネートされていたので気になっている方はぜひ。

 

ちなみに、全く読んだことがない作者なので検索しててみたら読んでみたかったこれを書いたた人であった。

 

 

タイトルだけで面白い。

確かに本は知らぬ間に増殖しているなとは思っていたがやはり結婚して子どもが増えていたのだったか。

 

 

 

わからない?「推し、燃ゆ」

宇佐美りんの「推し、燃ゆ」を読んだ。

第164回芥川賞を受賞、しかも21歳の女性ということでおおいに話題になったよね。

娘が早速購入しているのを横目に「読もうかな、読むのやめとこうかな」と謎のツンデレを噛ましていたが、先日ようやく読了した。

 

推しが炎上した。ままならない人生を引きずり、祈るように推しを推す。そんなある日、推しがファンを殴った。

 

わからないことをわからないと突き放すのは簡単だけど、恥ずかしいことだと思う。

そういう意味では読んでよかった。

 

私は「推し」という言葉の本当の意味をわかってなかったかもしれない。

いや、まだわかってないのかもしれない。

 

最近まで「推し」という名詞はなかったかと思う。

推す、はあったけど・・・近い言葉では「熱烈なファン」?

違うなぁ。この推しという言葉にはなにかもっと切羽詰まった物がある。

 

多分「推し活」にも私が理解できる範疇とそれを超越した領域があって、それは令和だからとか昭和だからではないのだろうと思う。

 

それほどあかりは、世界をシャットアウトしてにアイドル「上野真幸」のことだけを考えて生きる。

 

上野真幸は私の背骨」であり「すべてを削ぎ落として背骨だけになりたい」とあかりは考える。修行のように何もかも捧げるその姿を母と姉は理解できない。

 

推しはファンを殴り、指輪をして結婚をほのめかし芸能界を引退すると言う。

 

彼女がすべてを捧げたアイドルはアイドルであることを辞めることができたが、彼女は背骨がなくなったままこの後生きていけるのか?

 

物語は、すべてを理解して世間と和解するようにも、そのまま狂っていくようにもどちらにもとれる形で終わる。私はどちらかというと救いがないと読み取ったが。

 

 

作者はこの前の作品「かか」で三島由紀夫賞を受賞を受賞しているが、まさしく「推し、燃ゆ」は金閣寺を思いおこさせる。

 

 

ものすごくざっくりいうと、愛しすぎて燃やす、みたいな。あ、燃ゆつながりなのかしらん?

 

 

 

 

 

「推し、燃ゆ」のあかりは、はっきり病名は書かれていないけれど発達障害

 

・・・わかる。発達障害の本人の気持ちがどんなものかは想像するしかないのだが、きっとこんな感じで「母と姉が何をいっているのかわからない」のだと思う。

 

そこに何の悪気はないのだろう。本当にこの人達が怒ったり泣いたりする理由ができていないのだろう。

 

でも私がわかる、といったのは発達障害の娘を持った母親の気持ち。

 

病気ということは理解できても、自分の娘とうまくやれない。

母親だから、姉だからと言っても無条件の大きな愛情で包み込み、理解し、良き方向に導くことは難しい。

 

他人からああしたらこうしたらと、良かれと思って言われるアドバイスも正直鬱陶しい。

 

病名はついたといっても、これは病気ではないのだ。

 

言葉がけのコツはあるのかもしれない。

良いとされる指導、教育の方法はあるのかもしれない。

 

かもしれないけど、これを飲ませればピタリと治ったり、どのくらい重症なのか血液検査したりすることができるものではないのだ。

 

それを、親の育て方がとか、アプローチの仕方を工夫してとか言われるとたまらん。

 

正解はあるのか?そう言えば次から治るのか?何回言えばいい?(あんた、やってみれば?)

 

あかりたちの生きづらさは最近クローズアップされがちだけど、発達障害の家族の大変さももう少し知られてほしいものだと思う。

 

カサンドラ症候群とかいうらしいんだけどね。

 

あかりの母親の気持ちがわかりすぎるほどわかるので、これは我が家じゃんと思ったが、それだけにあかりの母親はちょっと弱くてずるいと思う。

 

高校中退した発達障害の娘に就職をさせようとし、一人暮らしをさせる。

 

いや、無理だろうよ、就職は。それはあかんよ。死ぬもん。

 

谷から突き落として強く育てるのはライオンにしか通じないのだよ。

弱者?を突き放してはいかんのではないか、というかそれが許されると私の最後の踏ん張っている家族だからというラインが侵されるので困惑する。

愛情もあるのだがどちらかというと矜恃に近い。

 

 

これが「推しを推す」(この日本語は5年前だったら間違っているよね)ことであれば、「推し活」は生半可な覚悟ではできるものではない。

・・・これは私が若かろうが年とろうが無理な「活動」とおもう。

まあ、あかりほどストイックな活動ができる人は少ないだろうからいいけど。

 

身も蓋もないことも書いてしまったが、発達障害についても考えさせられた本だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世之介に出会った人生と出会わなかった人生「横道世之介」

現在、毎日新聞に連載中の小説「続々横道世之介」。

 

もうすぐ40代の中堅カメラマンとして楽しく暮らす世之介がえがかれている。

今は、あけみちゃんという料理上手で芸者の血を引くなかなかチャーミングな女性と同棲中。ただし、全く色っぽくはない。

なぜならあけみちゃんは今時珍しい食事付きアパートの大家さんで、皆家族のように賑やかに暮らしているから。

 

さて、

その第一巻にあたる、世之介が大学生の頃の話「横道世之介」を再読。

 

とりたててなんにもないけれど、なんだかいろいろあったような気がしている「ザ・大学生」。
どこにでもいそうで、でもサンバを踊るからなかなかいないかもしれない。なんだか、いい奴。

――世之介が呼び覚ます、愛しい日々の、記憶のかけら。
名手・吉田修一が放つ、究極の青春小説!

 

なんかほんとにすごいな吉田修一!と改めて思った。

お気楽な80年代後半の大学生「世之介」の話と、大人になった「彼の友達」の回想シーンが交互に綴られているのだが、

物語の中盤で、読者は世之介が地下鉄で線路に落ちた女性を助けるため電車にはねられ亡くなってしまうことを知ってしまう。

 

知ってしまっても、次の大学生パートの世之介は本当にノンキで、飾らなくて、どうにも人たらしなのだ。

 

例えば、クーラー目当てにほぼ寄生スルように入り浸る友達が同性愛者であることを告白しても「あ、お前ってそうなんだ~」ですます。

勇気をだして言った本人が「…それだけ?」となる。

挙げ句は、ハッテン場と呼ばれるところまで何故かスイカを食べながらついてきて「じゃあ俺ここで待ってるから」という始末。

なかなかできることではないと思うよ。

私なら、傷つけないように、特別視しないように、差別しないように、色々考えて、固まって、結局傷つけてしまいそう。

 

世之介はその人がどうであれ揺るがない。それをきちんと表現できるわかりやすさがよい。

 

大人になり、自由になった彼らはとっくに世之介との縁も切れているんだけど、ふとしたきっかけで「世之介に出会った人生と、出会わなかった人生」をくらべて出会えてよかったと思うのだ。

 

読者は、世之介が若くして亡くなることを知ってしまっているので、切なさに拍車がかかる。

 

極め付きは些細な事が原因で分かれてしまった元カノが、死後、彼の母親と再開するシーン。母親の「あの子の親で本当に良かった」で涙が止まらなくなってしまった。

 

実は、今の新聞連載はまさに世之介が亡くなるとされている年齢の直前の話だ。

まだまだ、世之介たちに不幸の陰は差し込んではいない。

 

もはや私は横道世之介を読んでいない新聞読者の事が心配でしょうがない。

だって、多分みんな世之介が好きになってしまっているから。

この連載がどんなふうに着地するのか。

 

多分手練の吉田修一はやってくれるんだと思う。

私達のハートをゆすぶって、ギュッとつかんでくれるに違いない。

楽しみにしているおじいちゃんおばあちゃん(多分)が切な死にしないか心配。

 

新聞の連載なので、一気読み必至なのにできないのは辛いところだけど毎日ちょっとだけ世之介に触れるのもまたいいかもしれない。

 

映画化もされているし、実は「続横道世之介」も出ている。(こちらも読まねばね)

 

うわーこの感じ、世之介のイメージとぴったりだわ~

 

 

読まねば。

 

 

 

あ、ちなみにこの珍しい名前「世之介」は井原西鶴の「好色一代男」主人公の名前とのこと。

 

 

ご両親、思い切ったわね~

 

 

 

 

 

 

おまえは戦うのか死ぬのか?「同士少女よ、敵を撃て」

今年の本屋大賞を受賞した逢坂 冬馬 の「同士少女よ、敵を撃て」を読んだ。

 

独ソ戦が激化する1942年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、突如として奪われた。急襲したドイツ軍によって、母親のエカチェリーナほか村人たちが惨殺されたのだ。自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。「戦いたいか、死にたいか」――そう問われた彼女は、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために。同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに訓練を重ねたセラフィマは、やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。おびただしい死の果てに、彼女が目にした“真の敵"とは?

 

本屋大賞じゃなければおそらく手に取らなかったと思う。

戦争をテーマにした小説って、読むことを拒否するのも自己嫌悪だし、かと言って辛い読書になりそうだし・・・。

しかし、読んでよかった。(さすが本屋大賞

 

主人公の少女セラフィマは、理不尽に村の人々を殺され、横にいる母も殺され絶望する。

彼女もなぶり殺される寸前に辛くもイリーナ達に救出されるが、

イリーナは彼女に「お前は戦うのか、死ぬのか?」と尋ねる。

セラフィナに自分を憎ませることで絶望から這い出すように仕向けるためにやっていることなのだが、その深い愛に気づけるのは戦争が終わるころなんだよね。

 

本当は「戦いたくも、死にたくもない」という解答もあったのに、セラフィナは戦うためにイリーナ直属の「狙撃兵養成学校」で厳しい訓練をうけ、狙撃兵として天才的な働きをする。

 

軍隊の中で「女性であること」「狙撃兵であること」の2つの差別を受ける彼女は、実力で相手をねじ伏せていくのだが、その強さはイリーナが彼女に

「お前を人殺しにしたのは私だ、お前は悪くない」と何度でも自己嫌悪から救ってあげたからだ。

 

セラフィナも本当はわかっていたんだけど、それでもイリーナのせいで、と思うことで精神の均衡を保つ。

 

この本を読み終わって、戦争と「私」の間にあると思っている壁は実はそんなに厚くないと改めて思う。

 

過去のことと思っていた話が、気がつけば今現在進行形の戦争。

新聞には信じられない写真が掲載されるようになった。

悲しいことに戦争は過去の話ではなかった。

今でも元兵士達は「戦争で人を殺した自分」と向き合い続けて生きているということ。戦争は生き残ったものも苦しめているのだ。

私はこのことに今まで思いを馳せたことがないことにも衝撃を受けた。

 

本書の内容は2月下旬から続く、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻とあまりにも時を同じくしていたため、どうしても関連付けて話題に登ってしまう。

 

作者もインタビューで

あまりにもタイムリーになりすぎたことが本当につらい

と言っている。

www3.nhk.or.jp

 

読みながら何度もこの本のタイトルが思い浮かんだのだが、インタビューでははっきりインスピレーションを得た、と書いてあった。

 

ソ連では第二次世界大戦で100万人をこえる女性が従軍し,看護婦や軍医としてのみならず兵士として武器を手にして戦った.しかし戦後は世間から白い目で見られ,みずからの戦争体験をひた隠しにしなければならなかった――.500人以上の従軍女性から聞き取りをおこない戦争の真実を明らかにした,ノーベル文学賞作家の主著.(解説=澤地久枝

読んでないけど、漫画版が話題作になったよね。

 

 

 

戦争という重い題材ではあるものの、読みやすく、ロシア人の名前を覚えられる気がしない問題もそこまで致命的ではなかった。(多分わかりやすく書いてくれている)

 

タイトル見ただけで、少し怖気もついていたし、あまりにもきれいでかわいい女の子の表紙にちょっと抵抗も感じたけれど、読んでよかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圧力高め!「テスカトリポカ」

たて続けるように2022年このミス(このミステリーがすごい)2位の「テスカトリポカ」を読んだ。

うーん、独特。というか、怖い。

絶対悪という言葉が思い浮かぶような話。

 

ミステリーに期待される謎解きとか、どんでん返しとかはない。ただひたすら答えのない問題を突き突きつけられてる気がする。

 

 

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。第34回山本周五郎賞受賞。

 

土方コスモ というハーフの少年がかわいそうでなぁ…

残酷なことに生まれた時代と場所によって最初から不利な人たちが少なからずいて、ある意味安全圏で読むだけの私は胸が痛む。

 

彼が恵まれた体躯をバスケットに向けられていたら。器用なその手先をそのままナイフ制作に活かせたいたら。

 

彼にはいくつかのチャンスがあったような気がするけど、いつも彼の預かり知らぬところで悪へと舵を切らされる。

 

バルミロという、メキシコのヤクザがまじで非道なんだけど、彼は彼の神を信じている。

心臓を捧げちゃったりするのだ。

人間の臓器の心臓を。

 

土方コスモ はバルミロに神の子として愛されるが、コスモ は純粋すぎてバルミロが犯罪をおこなっていることに気づかず、本当に神さまのためにと思って沢山の人を殺す。

 

もう、登場人物がみな少しずつ狂っているのだ。

いい人は皆ちょっとだけ愚かで、なんでやーーってなるし、悪い人はどこまでも残酷で、なんでやーーってなる。

 

辟易するくらい沢山の人が死んだが最後は少しだか希望が持てる終わり方。

 

とっても怖いこの本を読了できたのは(というか最後までなんとか行ったくらいのレベルだが)Audibuleのサービスのおかげだと思う。

 

読んでもらうと、最後の子守唄のように続くおばあのお話がめちゃくちゃ心地よい。

 

多分、自分から進んでは読めなかったんじゃなかろうか。

まずね、本が重そうなんだもん。物理的に。そんなに長時間集中力も続かないし。